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みんなびっ くり

2歳半 から小学6年生までを対象にし、絵を描いたり、工作することを通じて美術に親しむ仕事から、このウーヴルが出来上がった。ウーヴルとはカルチャースクール を基盤とし、資格を活かしたい人と、その知識でこころ豊かに過ごしたいと願う人を結ぶ場所である。

この春 幼稚園から通った子供たちがこの教室を卒業した。感無量である。

「寂し いやろう・・」とわが子がからかう程、無類にこの子供たちが好きである。

今の子 はマセテル・・とよく言われるが、どうしてどうしてこの教室に通う子供たちは実に子供らしい。そういう所を引き出す事が出来るのが、この教室のいいところ なのだ。

ある時 の課題で「してみたい いたずら」というのがあった。

いい子 たちなんだけど時代がそうさせるのか、世の中が敏感なのか「いたずら」がわからない。いたずらで思いつくことは?と聞くと『おいおい、それは犯罪だ ろっ!』と、あせる。それとこれは小さな差で騒ぐほどのものではないが、楽しいいたずらをした経験が少ないのか、認めてやれる大人が少ないのか、わが身で はどうなのか、私には考えるところが多い課題だった。

笑いな がら許される子供時代に・・、また「おい、コラァ~」と大人が愛情こめて叱ってもらえる内に、一度楽しい「いたずら」を経験させたいものだと思う。何がよ くて何が悪いことなのか経験も出来なくなった時代にこどもたちは今を精一杯こどもらしく生きているもだと思うと愛おしい。

大人が ユーモアをもって、こどもの頃に戻って接していけば、叱られながら楽しい「いたずら」を経験できるかな~。

親がい つもこうだと、しつけにならないから、ぜひ、身近でこどもバカになってくれる人を見つけましょう。そして、私たちもそういう環境の一部になりましょう。

その中 で、一度お父さんのおしりに試していただきたいのがこの絵本です。

「コ ラ~!!」と笑いながら叱られてみましょう。こんなことは、子育ての提案からずれているかも・・と書きながら不安ですが、ぜひこの絵本を参考にして、「い たずら」には、必ず笑いがくるもの、自分で責任を持つもの、誰も傷つかないもの・・を体験あれ・・

こども が成長するにあたり、4~5歳頃一時期「おしり」が妙に笑いをそそる時があります。そのタイミングで出会うと、大笑い間違いなし。

お父さ ん、今夜はおしりとはいいませんのでおなかのキャンパス貸してね。

ご心配 なく・・これ位で親の威厳は損なわれません。私たち大人はこどもの何倍大きいでしょう。それだけで十分。今のうちです。

「だれ だぁ~、こんなことしたのはぁ~、こらまて~」

あ~、 みんなびっくり。


みんな  びっくり  長新太  こぐま社

 

あなたがうまれたひ

 

最初の子の最初の朝は秋晴れのさわやかな日だった。

北九州へ帰省出産した私は、このあたたかく穏やかな陽に歓迎された一日をよく覚えている。青い空がまぶしくって、安堵の朝だった。

次の子の最初の朝は、冬空に陽光が差す温かい朝。前夜、窓を打つ霰の、ぽつぽつという音に励まされながら誕生を迎えた。

 

それから・・・20数年、「生んでくれてありがとう!」の言葉もいただけない愚母の私は、

こどもたちの冷めた反応に、それでもか、これでもか、と愛情いっぱいの言葉をかける。

そして、冷たい視線に耐えるのだ。わかっているのに、ついつい大好きと伝えられずにはいられなくなる。う~~~懲りない。懲りてたまるか。だって産むも痛いし、なんと10ヶ月も抱えたんだぞ!

長男が下血して倒れたときも、次男が8時間の手術から出てきたときも、神様に感謝した。「生かしてくださってありがとう!よかったぁ~(涙)」

長男の時は、後一時間遅れていれば・・なんていう緊急事態だったので、入院中、顔を見るたび「よかった、生きててくれて」を連発してしまい、さすがに気持ちが通じたのか、苦笑いしてたっけ・・今思ってもよかった。ありがとう。

 

でも、ず~~っとこの気持ちをキープしてきたわけではない。こんな大切な感謝を何度も忘れかけた。いや、すっかり忘れてしまったときもあったように思う。特に反抗期には、

親が家出したいくらいだった。現実には、家出をした。車で一夜を過ごし、翌朝、妹のだんなさまが出社したのを見計らって押しかけ、仮眠させてもらったとき、不覚にも私は寝ながら大声で笑っていたらしい。「あんた、いいね~、こんな気持ちで笑えるとは・・・」とあきれられ、そのお気楽さに思わず苦笑したほど。

そのときの夢は、こどもたちと笑っている夢。夢だったけれどはっきり覚えてる。楽しかった~~。あぁ~さみしいよね。自分でも信じられない・・よね。「願望なんじゃない?」とからかわれなあ・・・・。

のど元過ぎれば、また「好きすき大好き」が始まり、また忘れ・・の繰り返しだった。誰が、なんと言っても、私が生んだ子。私のところに来てくれたこどもたち。今でも、まだまだ一人前には育てられていない負い目に心の中(ここはポイント、だって彼らも自分の意思で選択しているんだから・・)で詫びながら、やっぱり「この子たちでよかった」と感謝する。

 

こどもたちが小さい頃、「おかあさんにチュ~して?」なんてせがんだ経験ってあるよね。

女の子、男の子って呼ばれた小さな可愛いころと違い、背丈も伸び、女、男になった我が子に間違っても「チュ~して!」なんていわない。まず、したくない。

でも、伝えたい。「あなたが大切。生まれてきてくれてありがとう!」の言葉。

そんなときの一冊がこの『あなたがうまれたひ』。思い切ってわが子にプレゼントしよう。

今更・・言えないから、この絵本に言ってもらおう。私たち大人だって忘れているじゃない?あのときの感動を・・・。忘れかけたくらいの頃読んでみよう。きっと思い出す。あの感動。あの感謝。あの喜び。そして、いろんなことが帳消しになる。そんなおおらかな気持ちをくれる一冊です。ぜひ、お父さんに読んでもらいたい一冊です。

 

福音館書店 「あなたがうまれたひ」デブラ・フレイジャー作

 

 

 

「いつだってともだち」

 

いつも、絵本のコラムを書くとき、やっぱり主役になってしまうのが、息子たちのこと。

読んでいただくみなさまには恐縮ですが、今日はちょっと聞いてください!

 

長男が、先日北海道に行ってしまいました。旅行で出かけたのではなく、新しい人生の出発として、富良野で生活をするために・・。

そういう選択もありよね。と、応援しても、「いいのよ、いつ帰ってきても!」なんて母としてどうなん?という見送り方。さ・さみしい・・・・。

きっと、私のコラムを読み続けていただいている方には、十分伝わっていただけると思いますが、「さみし~~い」のです。

こうして、最近、私はどれくらい長男を頼りにしていたかを思い知らされることになりました。ほとほと自分に苦労します。

 

出発は予測はあったけれど、前日になって「明日行くから・・」といきなり!!

え・え・え~~、なにも準備してないじゃん!

準備は?住むところってどんなとこ?大丈夫なの、その会社?などなど、母はいかに日ごろこどもの話を良く聴いていないのかがバレバレでして、本人が一番不安なんだろうけれど、私は内心「????」がいっぱいでした。

 

せめて見送りくらいしたい!・・

前の晩に仕事の段取りをつけ、翌日空港まで、半ば無理やり送らせてもらうことに成功。しかし、空港までの車中でも、口数の少ない長男は黙ったままで、思わす「不安?」と聴いてしまいました。

答えは「不安に決まっているだろう!」。だよね。うんうん。よかった。

不安なことは不安と言ってもらいたいよね。大切なひとだからこと、言ってもらいたいよね。そのときに思い出した一冊。「いつだってともだち」。

 

その言葉に、準備も手伝えず、ろくすっぽ話もちゃんと聴いてあげれない母からのプレゼントとして一曲送りました。「いつだってどもだち」の森の賢者が教えてくれるヒントの代わりに。それはドリカムの歌。最近聴いて、わが子にも私のメッセージ代わりに聴かせようと思っていた一曲。

 

友達の前で泣きなさい。

家族の前で泣きなさい。

大切な人に大丈夫じゃないって言いなさい。

 

そんなフレーズが入っている曲です。

たぶん長男はちょっぴり涙していたように感じます。

 

「母はここにいるから。変わらず元気でがんばっているからね」それが精一杯でした。

 

この絵本の中で、森の賢者は言います。

「ひとつ、悲しい時には我慢せずに泣くこと」
「ふたつ、悲しい気持ちを誰かに話すこと」
「みっつ、心の中に友達の部屋をつくること」。

 

ドリカムの歌もこの絵本も、「これから長い人生を歩くとき、様々なことが訪れるだろうけれど、必ず自分を取り戻す手段として役立つ考え方」と教えているように思えます。

 

だから、車中で、離れていても毎日あえなくても「ちゃんと私はここにいるよ」が伝えられてよかった。それを受け止めてくれてありがとう。

 

そう思っていても、それにしても、

なんと連絡のないことか。せめてメールしたら返してよね!と、いつもの私に戻ってしまう、今日このごろでした。そして、次男にあきれられるのでした。

 

 

あなたはちゃんと泣いていますか?

大切な人と、お話ができていますか?

そして、その人に苦しいとか、さみしいとか言えてますか?

こころがまっすぐでいられるように、心の中にもうひとつの部屋を持っていますか?

 

大人にぜひ読んでもらいたい一冊です。こころが元気になる一冊です。

 

「いつだってともだち」

作:モニカ・バイツェ

絵:エリック:バトゥー

 

 

おくりものはナンニモナイ

 

私の「欲しいものリスト」にある、最も早く手に入れたいもののひとつ。

それは「贈り物上手な人になりたい」ということ。

 

家族にも、友人にも、ちゃんと適正なときに、適正なものを、何も気にすることなく、ちゃんと届けられるようになりたい!のである。

 

2005年に起業してからというもの、会社は大飯喰らいで、だんだんさびしくなる通帳に加えて、会社を養ってくのに精一杯で、特に家族には何もしてあげれなくなってしまった。年一回のお誕生日ケーキくらいだろうか・・・まあ、これは、それだけ成長したわけで、こどもたちは全く期待も持っていないようであるが・・・・。

 

この苦しいとき、ちょっと贈りたいと思っても、予算というものがついていかなくなり、そこで、その心を「物」ではなく「知恵」に変えるしかなくて、まあようするに「ひと手間」である。しかも、私が出来ることといえば「絵本をつくる」ことであり、絵本をプレゼントすることくらい。

 

そうした手作り絵本の中で、今でも忘れない出来事。

それは、創立時にたいへんお世話になった方に、なんとかお礼をしたい。感謝を伝えたい。と、当時、闘病生活をされていた方に気持ちを絵本に変えて贈った~サンタクロースに会いに行こう~という絵本。

クリスマス前、サンタの相棒の長靴くんが、病気療養中のサンタのために、こどもたちが待っているクリスマスまでに元気になって欲しいと、プレゼントを長靴いっぱいにして届ける・・・・というお話。その長靴は私であり、長靴が届けるものは私の精一杯の気持ちで・・・

 

早く元気になって欲しい。少しでも元気になって欲しい。そう願っていました。

 

その年のクリスマスの後、その方は、十分にお礼もできないまま神様のところへ行ってしまわれました。

 

お財布を気にせず、タイムリーに、そして適正なものをちゃんと贈る事ができる・・そんな当たり前のことが、できない・・・そうした苦しい日々のときでした。もっと早くに届けることができたかもしれないのに・・・・今でも、もっとちゃんと・・・と思わずにいられない切ない思い出です。

しかし、大飯喰らいの会社が成長することによって、それは叶えられる。

だから、今日もがんばるのです。

しっかりと心が届けられるような人になるために・・・・

 

今は、それまで、「おくりものはナンニモナイ」の絵本を、自分の心にふさわしい贈り物として変えて届けましょうか。。。

 

犬のムーチは大切な友人のために考える。友人のことを。友人が喜ぶことを。

きっとだれもが、これに似たような気持ちで贈り物を探すのだろうと思うけれど、ムーチが届けたものは、世界でたった一つのもの。

しかも、どこにも売っていないもの。そしてそれは残しておけないもの。でもずっと残るもの。

 

クリスマスシーズンになる。これから、贈り物合戦が始まる。

 

あなたは、大切な人が喜ぶ顔が見えますか?今年は何を選びますか?

この一冊はきっと「クスッと心が温かく」なることでしょう。

きっと、二人をより結びつけてくれるでしょう・・・・

そんな一冊です。

 

「おくりものはナンニモナイ」

あすなろ出版

パトリック・マクドネル/谷川俊太郎 訳

 

 

 

「いない いない ばあ」

 

この3年間自宅で「風邪」をひいたことがなかった次男が熱を出した。

この自宅で・・・というのは、持病のある彼が、入院中に一度熱を出したことがあったから・・・。

この持病が「風邪」を嫌うため、本当に細心の注意を払って生活してきたので、「3年間・・・」なわけで、実際早く言えば「もやしっこ」の「過保護」であって、通常の元気な子が「風邪」をひかないのとは、意味がずいぶん違うのだから、苦笑ものなんだけどね。

とにかく、元気であるってことは本当にすばらしい!こうして病気にかかるとそう思うのはみなさん一緒かしら・・・・

 

昨年から、私は縁あって「登校拒否のこどもたちのための高校」に週一度美術の講師として行っている。

様々な背景をもつこどもたちが通ってきているこの特別ともいえる学校を私費で作り上げた人がいるのだから、すごい!しかも、この学校は情熱あふれる若い先生達が、毎日元気よく、根気よく、学校を支えている。

平均年齢はたぶん20代後半といったところ。ここの生徒は、学力というよりも心力をいろんな外的要因で失いかける・・・という辛い経験をして行き着いているため、このある段階を超えて学園生活を楽しめるようになるまでは、「また、学校へ行かなかったらどうしよう・・・」と「逆戻り」を恐れる家族が多いのではないだろうか。

そう美術の時間を通して感じる。

ようするに、「風邪」を怖がるのと同じで、「もやしっこ」を持つ親が多いということかな?

でも、この親の心情を決して軽視できない。

だって・・・・・

「いない いない ばあ」をする度、きゃっきゃと笑う幼いわが子に、「今」を誰が予測しただろう。

親の力不足?・・だけで簡単に片付けられない様々な要因がここにはある。もっと社会も一緒になって考えるべきである。

私はときどき頼まれる講演の折に必ず言っていることがある。「わが子が可愛いのなら、他の子のも可愛がろう!」と。親の好き嫌いがこどもの社会を狂わせるのだから・・・・。

あなたは、地域にいるこどもたちに「おはよう」って声をかけますか?大人全員が一人のこどもたちの環境と心しなければ、この社会現象は続くと思う。

 

「いない いない ばあ」はね、喜んでもらえると思っているから、顔を覆った手を「ばあ」と広げたときにそこに笑顔があるから、何回でもできるんです。

あかちゃんが喜ぶからではなくて、それをする側が「そこにあかちゃんが笑っている」という確信があるからやってみるのよね。おはよう!って声かけて、おはよう!って返してくれるそんな環境を大人がやってみせなければ、笑顔の伝承はできない気がします。

だって「いない いない ばあ」を知らない人はいないもの。こうすると赤ちゃんが笑うって誰だって知っているもの。

 

最近、突然わが子を亡くされた方がいる。予測もしない突然に愛するこどもが去っていった悲しみは想像を絶するものだと思う。「ばあ~」って手を広げたときに、そこにあなたがいるから笑ってくれるあなたがいるから・・・安心して「いない いない」が出来るんだよね。そんな、幸せな今にもっともっとたくさん感謝を重ねよう!と「いない いない ばあ」は言っているのです。

こどもたちの笑顔は、大人の責任です。そしてこどもたちはそんな大人を目指すのです。

自らが選択して・・・・。明日から「おはよう!」って元気よく言おうね。選択するよいお手本を見せるために・・・・

「いない いない ばあ」をやってみよう、大人達よ!

 

 

 

雪の女王 by バーナデッド・ワッツ

 

2010年が始まりました。

今年は成人式を境に、九州も大雪がふりました。あの雪の日、みなさんはいかがお過ごしでしたか?

長男は、ご存知の通り、富良野の冬を過ごしているわけで、私たち家族も述べ7年札幌にいたこともあり、雪に大騒ぎするほどでもないけれど、それでも通勤を考えると「おおごと~!」の九州の雪でした。

 

そんな、セッセセッせと降る雪を見て、札幌在住時代、小樽に銅版画家の森ヒロ子さんのアトリエで行われる版画塾に月2回行っていたことを思い出しました。

私を最初に刺激してくれた人。それが、森ヒロコさん。

先生の暮らし方、描く絵、そのモチーフすべて、アトリエ、先生が伝えていること、先生の優しさ、全てが私の中で変化という種火を作ってくれたと感謝している大恩人です。(でもたぶん先生はそんなことはしらないとは思いますが・・)

 

先生のアトリエから見える中庭は季節ごとの顔があり、春の芽ぶきの音、夏の風の香り、秋の草の色、冬の雪。ターシャ・デューダを知るもっともっと前から、先生はこの珈琲とインクの香りのするアトリエで、塾生たちと笑い、自然の中で絵を描いていらっしゃるわけで・・・・先生に会いたくなっちゃったな。

 

「雪はね、一年に一度きれいにいろんなものを洗い流してくれるのよ」と。

東京にお住まいのこともあった先生は、「やっぱり大雪は人として必要なこと」と話しておられたのが印象的でした。九州では人の性を覆うほどの雪にはならないけれど、いろんなことを全てやり直したいと思うときは一面真っ白な雪景色も効果があるかもしれませんね。

 

さてさて長男はこの雪景色を毎日どう見て過ごしているのやら・・・・。

 

今日の一冊は、森ヒロコさんの中庭を思い出す画家、現代のイギリスを代表する絵本作家「バーナデット・ワッツ」から。

 

4歳の時にビクトリス・ポター(ピーターラビットの作者です)に影響を受けてその頃から絵本を描き、絵本作家ブライアン・ワイルドスミスに師事。1975年に男の子を出産。

「わが子をもつということは美術に大きな影響を与える」と言ったバーナデッドの作品は、温かな色遣い、透明感、かわいらしさ、そのパステル使いに心癒されます。そんな彼女の絵本の中の私のお気に入りの絵の一つが「雪の女王」。

 

心の中にある、消化されないことなんかが、この絵をみているとクリーンになってゆく。

バーナデッドの絵は、悲しみ、許す受け入れる勇気、家族の温かさとか、いろんな感情がそこにあって、心を抱きしめてくれます。

九州は雪一面真っ白にはならないけれど、この絵本の雪景色から、森先生がおっしゃっている「一年に一度きれいにいろんなものを洗い流して・・・」の感覚を体験してもらえることでしょう。

大人になったら、わざわざ童話などを改めて読む・・なんてないよね。

どうぜ童話にふれるなら、美しい絵に出会いたいよね。

冬の夜、大人が絵本するのにおすすめの一冊。「雪の女王」

あなたの心はきれいですか?雪の力は必要ありませんか?